うなぎの蒲焼の調理方法

蒲焼と言えばうなぎを思い浮かべるほど定着したイメージがありますが、実際には地域によって調理方法に差があります。少なくても関東と関西では大きな違いがあります。関東では背開きにして一旦素焼きにします。この状態ではタレがついていないので白焼きと言います。その後15分程度強火で蒸し焼きにして余分な脂を落とします。

次にタレをつけてから再び焼き上げます。こうすることで脂の抜けたさっぱりした仕上がりになります。背開きにする理由は諸説あり、腹開きが腹切りを連想するためなどと言うものも伝えられています。本当の理由は定かではありませんが、背開きの方が外側が厚くなるため身崩れを避けることができるからという理由や、硬くなる背びれを取り除くためという技術的な理由もあります。関西では腹開きにしてそのままタレをつけて焼き上げます。

素焼きや蒸し焼きを行わないため脂が乗って香ばしい味わいがあります。このほかにも浜松や諏訪湖の周辺で背開きして蒸さない調理方法もあります。
また福岡では焼いてから蒸し上げることで柔らかくなるせいろ蒸しと言う調理方法があります。蒸すことによって脂臭さを取り除くことができるためしつこい味を好まない場合は関東風がお勧めです。

蒲焼と呼ばれるようになった経緯

蒲焼はうなぎだけではなくサンマやイワシなどの調理方法としても知られています。その蒲焼の由来にはいくつかの説があります。
現在では開いて串刺しにしていますが、元々は開かずに串刺しにするだけだったことから植物の蒲の穂に似ているため、「がま焼き」と呼ばれていたと言われています。そこから年を経ることでがま焼きから蒲焼になまって言われるようになったと言う説があります。

江戸時代では屋台で提供される安価な料理で、ぶつ切りをそのまま焼いて提供していたとされています。そのほかにも焼き上げた時の状態が樺の木の皮に似ていることから呼ばれるようになったと言う説もあります。いずれも見た目によって名付けられたと言う説です。両方の根拠となる記載がいくつかの文献に残っているため、どちらが本当の説は分かっていません。

このほかに焼いている時の香りが早く伝わるということから「香疾焼(かばややき)」としたものがなまって蒲焼になったと言う説もあります。
現時点では「がま焼き」からなまったとされる説が有力と言われています。現在のように開いて調理する方法は1700年ごろに提供されだしたと言われています。当時はただの串剤と分けるために大蒲焼と言われていたようです。